人や状況をコントロールしたい気持ち
以前、ブログを書く中で、BeHappyメソッドについての記事を書いたと思います。
メソッドなどの形式があると、どうしてもやり方にとらわれ過ぎて、人や状況など現実を自分の都合の良いようにコントロールしたい気持ちが出てくることがあります。
メソッドを悪用してしまうパターンですね。
自分の思い通りにしたい!子供を大人しくさせたい!夫に手伝わせたい!協力させたい!私はやりたくない!みたいな、バリバリエゴですね(笑)
メソッドを使っていると、わたし自身もついつい陥りそうになります。
でも、嫌なものは嫌!思い通りにならなくて嫌!悔しい!むかつく!などの怒りや不安などの感情が出てくるのは仕方ありません。それが、ありのままの自分の感情なのですから、たくさん泣いて怒っていいのであります。
思い通りにならないことを責めなくてよくて、ただ、そんな自分がいるんだなあって受け止めて認めてあげてください。
自分を認めるって、なかなか難しいかもしれませんが、受け止めて認めることを自分自身が、ただ選べばいいだけです。
何か、呪文のように自分の中で文言を決めて、いつでも見れるようにしとくのもいいかもしれませんね。
例えば、わたしはスマホの壁紙に「何があっても絶対肯定♡」という言葉を書いています(笑)
自分を肯定する選択をしたことがない方、無意識に自分を責めたり、自己卑下するタイプの方にはおすすめです。
人や状況は自分の願い通りにコントロールできませんが、ありのままの自分と思考(エゴ)の自分のスタンスが愛し合って大事にしているスタンスを取っていれば、願いが引き寄せられて現実はあなたに味方をしてくれます。
ただ、願いに執着しないこと。ふと願うけど忘れるくらい軽いエネルギーであれば、いつの間にかふとしたところから願いが届けられます。
例えばわたしは、子供の習い事(野球)の会場までの送迎がめんどくさいなーと思っていた時期がありました。当時、送迎についてものすごく執着していました。嫌だと思うと、アレルギー反応のように異常に毛嫌いして、イライラしながら送迎をしていました。
内観をして気づいたことは、わたしは過去に送迎をしてもらった経験がなく、送迎をしてもらっていた友達をいつも羨ましく思っていました。いいなあ、、、と、指を舐めるようにしてながめ、親が送迎をしてくれなかったことを恨んでいたのですね。
だから反面教師で、送迎をすることで愛情表現を異常に頑張ってやろうと無意識にしていたわけです。
また、わたし自身の存在価値が低過ぎて、子供が上、自分が下、というスタンスを無意識に取っていたことも問題であったことに気づきました。わたし=無価値(奴隷のようなスタンス)が通常モードだったんですね。
自分の快不快の感情に敏感になり、それまで抑えていたネガティブな感情が、徐々に出始めた時期でした。
送迎=愛する、母=奴隷、という概念と感情の気づきが出て、過去を終わらせ2週間ほど経った頃、習い事(野球)の会場が自宅の近くに変更になる、という連絡が入りました。さすがにびっくりしました。
自宅の近くになったので、自分で行けるようになったのですね。最初はまだ、送迎=愛するがまだ発動しそうになるので、1人で行って大丈夫かなっていつものように心配や不安が出てきましたが、その感情に気づき続けることで、子供にも毅然とした態度で、自分で行くことを伝えることができました。
すると、送迎をしていた頃はギリギリの時間に自宅を出発していたのですが、自分で行くようになってからは、30分くらい早くに行って練習をしたりと、自立した姿へと変わっていったのです。
この辺りのオチは全く予想していなかったし、子供をどうにかして自立させよう、コントロールしようという執着はしていませんでした。
ただ、送迎が嫌、という自分のありのままの感情と向き合っただけなんです。
こうやって向き合った結果、おまけとして、現実が双方にとってより良くなることがあります。
100%願いが叶うかどうかは、今のわたしはまだわかりません。これからもずっと、死ぬまでずっと、日常を実験台にして探求していきながら、わかることでしょう。
自分を知って向き合うって、やっぱり面白いですね。