夏休みの皿洗いからの気づき

お盆も終わり、気づけば8月も半ば。暑い暑い夏休みを満喫しております。

ブログを書くことやスマホで写真を撮ることも忘れ、正直、必死感満載な夏休み。

 

毎年のことだけれど私にとっての8月は、子どもたちと過ごす際に感じる疲労感やストレスで、自分の心がやられてしまってクッタクタの1ヶ月。長期休暇はいつもそんな感じでした。

心のあり方を見つめ直すようになってからは、年々夏休みのメンタルは楽になり、特に今年は今までで最もHappyな気持ちで過ごしている夏休みだなと感じております。

 

川遊び、海遊び、プールにと、夏ならではの水遊びを堪能。川での飛び込みやウォータースライダー、浮き輪でプカプカと、子どもたちと友達のような感覚で青春時代を思い出しながら、遊んでおります。(写真が全然なかったー!)

 

もちろん子供が家にいる時間も増えるため、食事の準備や食器の片付けなど家事が増えることもありました。
夏休みの最初のイライラは食器洗いの回数が増えることが要因だったことに気づいてから、積極的に紙皿を使うようにしたところ、随分と気が楽になったものです。

 

ちなみに私にとっての食器洗いは、「食器を洗わず置きっぱなしにしている=私の存在が無価値」を教えてくれる出来事でした。

食器を洗わずに置きっぱなしにしていると、自分が母として妻として人として無価値になる感じがして嫌。
だから置きっぱなしにせず、すぐに洗わないと気が済まない。
結局、無価値を避けるために皿洗いをするようなもの。だから苦しいのです。
できるなら本当はやりたくない。←これが本心。
やりたくないから回数を減らすために、まとめてやろうと思ってすぐに洗わずに置いておく。
すると、「置きっぱなし=無価値」という概念が発動する。

という負のループに陥っていたのです。。。

対処法として、紙皿を使う方法があるのですが。
以前から紙皿を使うことに対して抵抗を感じていて、(味気ないし可愛くないし、ゴミは増えて環境にも良くないし、紙皿を使うことにも無価値感を感じていたから)なかなか使えず。

なのでその対処法として皿洗いを家族に協力してもらうことを繰り返しやっていたのですが、みんな私と同じように皿洗いをあまりやりたがらなかったので、なかなかうまくいかず。←そらそうだ。無価値を避けるために家族を使っていたようなもの。

それで、紙皿の無価値と置きっぱなしの無価値、どっちがマシかな?と自分と対話したところ、紙皿を使う方がいい!と自分の中で答えが出たため、ようやく紙皿を許可することができたのです。

 

するとまあ、とっても楽ちん。夏休みに使う食器は、紙皿に限ります(笑)

方法論については色々と賛否両論があると思いますが、私が伝えたいのは「自分の本当の気持ちを、自分が理解してあげる」という在り方・スタンスが大事だよってことなんですね。

しばらく紙皿にしていることで得た気づきとしては、
・「紙皿=自分の無価値」は無くなったこと。
・逆に紙皿も使わず食器も少なくして、片付けを楽するアイディアが生まれた。
・汚れた皿が置きっぱなしになっても、以前よりもイライラしなくなった。

といったメリットが出てきました。
これは、自分の本当の気持ちを、自分が理解してあげたからこそ得たメリットです。

自分で自分を理解してあげると、内側で本心はとっても喜ぶんです。
だから以前はイライラしていたことも、イライラしなくなる。
不思議なパラドックスが起こるのです。

 

〜すべき、〜しなくてはといった正しさや正義感が強くありすぎると、自分の気持ちを理解することがとっても難しくなります。

自分の中の正しさやルール(概念)を頑張って守って努力しなきゃって無意識下で思っていると、自分の本当の気持ちなんて簡単に無視することができちゃうんですね。

 

それって幼少期から、家族や周りの人との関係性の中で自分が受け入れた在り方なんです。

日本人だけでなく海外の人たちも同じです。
そしてそれは、みんな地球でのやりたい体験。
そこから何を得て気づき、どう行動していくか?
そこに人それぞれテーマがあり、ユニークな個性があり、表現があり、人生があるのです。

 

あなたの人生にはどんなテーマがあるでしょうか?♡
ぜひ探求してみてください。
面白い気づきがきっとあると思いますよ。