本当の願いにすら、気づいていない
先月の夏至〜夏の大祓〜を過ぎ、毎日暑い日が続いております!
もうすぐ海の日!いかがお過ごしでしょうか。
写真は、最近お友達になった方の古民家アトリエにお邪魔して、平日昼間からBBQのおもてなし!
ししとうを切ってるところです!
ガスコンロの上に、平たい鉄板をおいてその上で焼いたのですが、とってもいい鉄板でした♪
カリカリ豚バラまいうー♪
豚の油で、お野菜を焼くだけで、とっても美味しい。
私には、カフェやスタジオ、ワークショップなどもできるコミュニティスペースを作りたいという夢があるんですね。
そういう場所を、家族と経営していきたいという願いがあります。
アクセサリーを作ったり、農産物をマルシェで販売したりもしてるので、そういった販売も併せてできるスペースも欲しいなとか。
この願いに気づいたのは今年の4月頃でした。
カフェとして使っていいよ!と言ってくださる方との出会いもあったりと、面白い展開も起こってきています。
ただやはり、日常生活の中に瞬間的に込み上げてくる「私=無力」という概念の幻想。(つまりウソ)
これがひょっこりと、顔を出します。
いや〜無理だよね、やっぱりいちから全部するの、大変だわ、、、、、と、瞬間的にその思考に戻っちゃいます。
そしてすぐに、概念のゾーンにまた入り込んでるな。と視点を切り替える。このトレーニングしかない。
「私=無力」
この概念を、自分が持っているかどうか?どう確認すると良いかというと、
例えば口癖で、
でもね、
だって、
仕方ない、、、
そうは言ってもね、、、
こういう口癖や思考ぐせがひょっこり出てきそうな場合、「私=無力」が無意識レベルにあることが要因だと考えられます。
絶望してたり、諦めてたり、いろんな要因が重なって、どうせ自分には無理なんだ。と深〜いところで絶望してる。
「無力」であると信じているから。
しかも、絶望するのが辛いし、叶わなかった時に傷つくのが辛いから、願いに気づかないように心を閉ざしてる。
そっちの方が楽。無力の方が楽。
だから、「私=無力」を手放すことができない。
そんなこともあるかもしれません。
でも、、、私たちの存在の本質は
「可能性に満ち溢れた存在である、創造主!」
「現実を変えることができる壮大なエネルギーを持つ存在!」
「存在そのものが力!」
この大事なところを、一瞬、忘れちゃうんです。
日常生活の、家族との関わりや大切な人との関わりを通した、些細なところで、忘れてる。
とはいえ、忘れることが悪いわけではなくて。
それを思い出すために、モヤモヤがあるわけで。
思い出すための一つ一つのプロセスがあるから、人生の面白みがある。
私もまた、紐解きを通してプロセスを踏んでいきながら、起こる現実を楽しんでいるわけです☆